もう、猫は嫌なのに

酷暑を超えて、やっと凌ぎやすくなって10月初旬。

この夏はあることに力を注ぎ・・と言っても、前向きなことではなく

途中、力尽きそうになって「魂を売る」ことになる寸前で助けの神の登場により首の皮一枚でつながった。

いろいろな試練を与えてくれる。

なので、暑い!と感じながらも、夏の記憶があまりない。

そもそも、毎年、夏らしいことはしてはいないのだが。

今年は、ミィー太がいなくなった厳寒の冬、九死に一生を得る酷暑・・人生って厳しい。

ま、少し大袈裟な表現だけど。

そんなへとへとな状態のところに一難去らずにまた一難。

あれからずっと通っていたフサオが1日、2日、3日・・と姿を見せない。

たまに2日くらい来ないこともあった・・でも、さすがに4日ほど現れないとなると心配になった。

結局、5日目辺りにひどい状態で現れた。

喧嘩?事故?何に遭ったの?

でも、なんとか、我が家に辿り着いたのだから、足などは怪我していない様子。

顔が酷い。本当にフサオか?もともと、ミィーくんに比べたら、ブサイクだが

やっと暑い夏を越え、少しずつ可愛くなってきた矢先にこの有様。

こっちも命拾いしていたが、フサオも同じことになっていたのだ。

何かを食べさせたくても、口の中を怪我しているようなので、食べられないようだ。

動物病院から抗生剤はいただいて、砕いて飲ませたいのだが。

動物用ミルクとか栄養剤など、いろいろ流動食に入れて用意して数日経ち

昨日辺りは、大分復活したように見える。

私たちが近づくと猫お得意の「シャー」と言って威嚇してくるので、少し安心する。

雨も降って来たので、寝床も用意すると、そこに寝ているではないか!

体調が復活するまで、ここでゆっくり休めるといいのだが。

下顎の怪我が長引きそうなので、毛づくろいが出来なさそう。

なので、体毛もボサボサで余計に酷く見える。

なんてことになってしまったのか。

それにしても、試練が多い。怪我をしたのはフサオだが、それを見るのも苦しい。

恐る恐る帰宅して、「生きてはいるな」と確認するまで、気が重い。

もう、猫は嫌。

というか、動物はもう深く関わりたくない。

と思っていると、その逆をいく。

こんな中でも、というか、こんなだからか、ミィーくんのことを忘れることは1日もない。

少しずつ和らいではきたものの、一生忘れることはないのだろう。

あれから10か月か。

フサオが酷い状態で現れた時、一瞬、ミィーくんかと思った。

もしかしたら、ミィーくんもこんな状態になってしまったのかもしれない。

と、フサオが可愛そうなことと合わせて苦しくなった。

 

猫はどこに行ってしまうのか。

このブログにも猫がいなくなった人が訪れているようだ。

苦しい気持ちで検索してみたものの、私の文章を読んで、もっと苦しくなっていたら、ごめんなさい。

不思議なのだが。。。

ミィーくんがいなくなって、半月程した頃だったか。。

実はミィーくんを捜索中にびっくりするほど、よく似ている猫に出逢ったのだ。

よく見ると、毛はミィーくんよりもフサフサしているし、顔もそれほどの可愛さでもない。

でも、毛の色と体格がよく似ていたので、遠目だと見間違う。

実際、その猫を見かけた人が情報を下さったこともあった。

私が、その猫の存在を知ってからの情報だったので、「ミィーくんじゃないな、あの子だな」と思えた。

探偵さんに家の外に餌などを置かないように言われた。他の猫が来て、ミィーくんが帰って来たくても

来れなくなってしまう可能性があるからということだった。

でも、もしかしたら・・と思って、餌を置き、またたびも添えておいた。

すると、そのまたたびのニオイを嗅ぎ付けたのか、どこかの猫が食べに来ている様子。

ミィーくんのためと思いつつ、ミィーくんではないという確信はあった。

だって、食べに来ているのに帰って来ない理由って何?でしょ。

まだ玄関も開けてある時期だったので様子を見ていたら、玄関に入ってきて、マットの上に

箱座りをしている猫がいるではないか!

そう、あのフサフサのミィーくん似の子なのだ。

とても寒い時期だったので、玄関マットの上で寒さを凌いでいた。

追い払うことなんて、できるはずもなく、そういうことも想定していなかったわけでもないので

そのままにしていた。数日間、通っていた。でも、夜中は玄関を閉めることにしたので

結局、外に出されることになる。彼は何を望んでいたのかわからないが、数日間夜中に締め出されることが

続いたので、何かを悟ったのか、ご飯は食べても玄関の中に入って来なくなった。

動物って賢いね。

「ご飯はあげても、家の中には入れられないよ」ってことを私が意思表示したからかな。

だって、ミィーくんが帰って来るかもしれないし、ミィーくんの身代わりみたいにするなんて

できるわけないもの。

そして、ミィーくんが帰って来なくても、もう2度と動物と深く関わることはやめようと、けっこう早い段階で

思ってしまったから。

ちょうどその頃、WOWOWで何気に見た「トイストーリー」で、置き去りにされた熊のぬいぐるみと

赤ちゃん人形が、ボロボロになってやっと辿り着いた我が家で、自分の持ち主だった女の子が

自分と同じぬいぐるみを買い与えられて、楽しそうにしているのを目撃して、悪に落ちてしまった・・・

という内容を見て、全てをミィー太に置き換える私は、その熊とダブらせていた。

まるで、小学生のような思考だな。。と、我ながら苦笑しながらも、けっこう本気でそう思っていた。

なので、そのミィーくん似の子は一応「フサオ」と命名し、一定の距離を保って、実は今もご飯をあげている。

「フサオ」は、単純にフサフサしているから・・・だけの理由でつけたが、これ以上の可愛い名前はつけない。

絶対にこれ以上は親しくならないと決めているから。

知り合った以上は、ご飯をあげるくらいはいいと思っている。

しかし、不思議なのだが、この「フサオ」。

ミィーくんがいなくなる前には、見たことがなかった猫なのだ。

この辺りにいたが私とは出逢わなかっただけなのだろうか。夫も見たことはなかったらしい。

しかも、ミィーくんにパッと見はよく似ている。そんなフサオがミィーくんがいなくなってすぐに

現れたのだ。ミィーくんは、このフサオに負けて、この地域を追われなくてはいけなくなったのか・・・

と、そこまでも考えた。

だとしても、フサオを憎く思うわけでもない。オス猫の宿命なのだから。

真実はわかるはずもないが、ミィーくんがいたことを知ってか知らずか、よく似たフサオが

夕飯に通って来ていることが不思議に思えてしょうがない。

しかも、私宅は2階にあり、外階段を上がって来なければいけないのだ。

けっこう勇気があるというか、ふてぶてしいというか、大した度胸だと思う。

確かに見た目は、図太い。勝手に男の子と思って「フサオ」としているが性別はわからない。

「フサ子」かもしれない。どっちでもいいや。

たまに2、3日来ないことがある。少し心配にはなるが「また、来るだろう」と気楽でいられる。

猫とは、こんなスタンスで付き合うのが、お互いのためのような気がする。

ミィーくんも本当は、こうやって生きたかったのかも。。と思うと、また辛くなる。

何が幸せなことで、良いことで・・なんて、猫はそこまで思っていないのだろうが

8年間中7年間、家の中に閉じ込めてしまったことが今となっては大きな後悔だ。

フサオはミィーくんの身代わりとは思ってはいないが、どこかでミィーくんが生きていたとして

こうやって、ご飯をもらえていたらいいな・・という思いも多少ある。

フサオには、やれる限り、ご飯をあげるだけで、擬人化もせず

「お、来たか」程度で、やっていこうと思う。

もう、会えないだろう。

先月の29日で、5ヶ月経った。もう、29日は月命日と思ってしまっている。

もう、ミィーくんと会えないだろう・・と、ずーっと前から思っている。

この話を読んだり、聞いた人の9割は

「寿命を察して、姿を消したのかな」「もう、生きていないだろう」

と思っていると思う。

実は自分もそう思っている。探偵さんが何と言おうが、そう思ってしまっている。

ミィーくんは、元は野良だったので、正確な年齢はわからないが、推定12歳くらいだと思う。

そのうち、私とは8年程、一緒にいたわけだ。

今どきの猫なら、もっと長生きできるだろう。でも12歳なら猫としては、長生きな方かな。

彼は野良時代から肝臓が悪かったらしく、私のところに来てからも通院や入院を繰り返している時もあった。

もうダメかという時もあったけれど、復活して、ここ数年は病院に行くこともなく

元気に過ごしてはいた。一見、どこも悪そうでなく、毛艶も良く、「綺麗な子ね」と

よく言われてはいたが、実は、けっこう悪化していたのかもしれない。

外に出るようになってからは、外のことが楽しくもあったが、それなりのスリルやストレスがあり

無事に帰って来ては、安堵しながら疲れたように寝ている・・・と思い込んでいたが

実は体調が悪化していたのかも知れない。

いなくなる数日前に毛をブラッシングしてあげている時にお腹に1匹のノミを見つけた。

外に出ているから、十分あり得ることだが、体力が落ちているからかも・・と思い

翌日病院に行って、検査をしてもらい、ノミ取りの薬もお願いしようと思っていた。

当日になって、私が調子を崩したこともあるが、病院に行くためにミィーくんを捕獲するのが大変なことと

嫌な思いをさせてまで病院に行ったところで、何も変わらないし、ただ人間(私)が安心するために行くようなものなので

行くのをやめてしまった。なので、せめてノミ取りの首輪をしようと付けている時に

「この首輪をして大丈夫かな」と少し、胸騒ぎがした。

最近の首輪はどこかに引っかかっても取れたり切れたりするようになっているものが多く

その首輪もそう書いてはあるが、なんだか少し不安になった。

ミィーくんがいなくなってから、あの時の胸騒ぎが気になって仕方なかった。

もし、あの日に病院に行っていたら、こんなことは起きなかったかもしれないとか。。

今更言ってみても、どうしようもないことばかりだが、少し悔やまれた。

私にシグナルを送っていたのかも知れない。私もどこかで感じていたかも知れない。

振り返ってみると、いろんなことがあった。思い当たる節はいろいろあった。

一昨年の秋頃に自分自身にショッキングなことがあり、それを境になんとなく落ち込んで行き

プチ鬱のような、プレ更年期のような、得体の知れない落ち込みが続き

昨年の梅雨頃から消化力が低下したのか、今までにない消化不良状態になった。

それと同時にミィーくんの早朝攻撃も始まり・・・ミィーくんを嫌いになることはないけれど

私自身のことで精一杯になり、ミィーくんへの執着に似たような愛情が薄れたように

彼には感じられていたのかもしれない。

彼の中でも外へ出た楽しさや外での戦い?の方が大きくなっていったのかもしれない。

・・・・・

なんだ、この擬人化。

だって、ミィーくんは私の子供、親友、彼氏・・どんな存在でもあったのだ。

ここまでいくと、気持ち悪いかな。

よく言う「ペットロス」じゃないのだ。ペットじゃないから。

「飼う」とか「餌」とか「ペット」とか、言いたくない。

この気持ち、わかってくれる人は、きっといるはず。いなくてもいい。

しかし、私もよくもこんなに書き続けられるな・・と、自分でも思う。

こんなに天気のいいGWの最中。

これらの記事を読んでくれている人は、けっこういるようで、きっと

「この人、メンヘラだな」って、思われているでしょうね。

ま、どんなふうに思われても、いいんだけどね。

事実、メンヘラだし。(メンヘラって、2チャンネルで生まれた言葉らしい)

ペットロスじゃないと言いつつ、事実ペットロスなわけで

こんな人は、私がこうしているようにいろいろ辿っていくといいらしい。

書きながら泣いてしまうけれど、気持ちに蓋は出来ないですからね。

こうやって、書きたいと思ったら、書いてみる・・私にはこれが向いているようだ。

なので、しばらく続くだろう。

4ヶ月半。

ミィーくんがいなくなって、4ヶ月半経った。

あっという間の4ヶ月半。

50年近く生きてきて、この冬が一番寒いと感じたかな。ミィーくんがいなくなったことが寒さを増長させたのか・・

ようやく突き刺すような寒さから解放されては来たが、ミィーくんのことを思い出さない日はない。

どこで何をしていても、思い出す。どんな天気でも思い出す。

寒ければ、「こんなに寒い中どうしているんだろう」と思うし、ポカポカしていても「こんな天気なら少しはいいかな」とか。

とにかく、どの瞬間でも思い出さないことがない。

例え話が変かもしれないけれど、昔、好きだった男性のことなどをたま~に思い出すことがあるが

「本当に好きだったのか?」「錯覚だったのかも」とか・・・今、どうなっているのか全く知らないのに

「結婚しなくて良かった」・・とまで、思うこともある。

でも、ミィーくんのことは自分に記憶がある限り、絶対に忘れることはないし、心底大好きだと言える。

ミィーくんの前に10年一緒にいた「いそちゃん」という猫との思い出も絶対に忘れないし、今でも大好きだ。

人間に対して、こんなふうに思えることって、あるのだろうか?

とか言うと、夫はどうなんだ。。となるが。。ゴニョ

さて、ミィーくんがいなくなって、いろいろなことを思い出したり、考えたりしてきたが

「いなくなる徴候」は、いろいろとあった。思い当たる節はいろいろある。

ミィーくんを外に出すようになって、しばらくは朝は6時頃に散歩に行き、小1時間程で帰って来て寝る。

私たちが仕事から帰宅して、すぐにご飯を食べてから散歩に行き、すぐ帰って来て、私たちの食卓に登り

また、散歩に行き、帰って来る。そんな生活を繰り返していた。

しかし、昨年の梅雨頃からかな、朝の4時半頃に「外に出して!」と起こして、帰って来てご飯を食べて

また出かけていく。たまに3時頃に起こされることもあった。

どんどん野生化してきていたのかもしれない。「野生化」という表現が合っているのかわからないが。

正直、3時、4時に起こされていた時は、「これがずっと続いたら、こっちが倒れるな」と

思っていたことを思い出した。

そして、家で寝ている時、やけに疲れたようなかんじだったとか、ずっと私の側で寝ていたのに

外に出るようになってからは、私のところへ来ないことが増えたとか。

なんだか気持ちの悪い変なものを家の中にくわえて来たこともあったとか。

それらを「徴候」と言うのかどうかわからないし、外に出していれば、当たり前の現象なのかも知れないが。

とにかく、「今思えば・・」と、それに繋がるようなことをこじつけているのかもしれない。

それは、ミィーくんが自分の意思?で、家を出て行ったということであればの「徴候」なのだ。

真実は誰もわからない。

あれこれ想像してみても、どうしようもない。

考え過ぎだ。

全てにおいて「考え過ぎが自分を苦しめている」と、最近よく思う。

でも、そう簡単に「考えない」とか「忘れる」とかできるものじゃない。

しばらくは、こうやって苦しむしかないと思っている。

猫のミィー太が帰って来ない③

ミィーくんがいなくなって3ヶ月経った。

奇跡が起きることはないだろう・・と、もはや諦めの気持ちの方が強いが、半年、1年、3年、5年経って帰ってきた

という話も耳にするし、帰宅して自転車のカチャという音をさせたら、どこからか出てくるんじゃないかとか

ドアの外に座っているかもとか、毎日期待もしている。

1ヶ月目より2ヶ月目、2ヶ月目より3か月目と、諦めの気持ちが大きくなってきているが

1日のうちに何度も何度も思い出しては、涙してしまう。

こうやってブログなど書いていてもそうだし、湯船につかっている時、電車に乗っている時でも。

しかし、こんなにミィーくんがいなくなったことが悲しいのに、それでも外に出したことを悔やんではいない。

寧ろ、もっと早く出してやれば良かったのかも・・という思いの方が強いかも。

毎日、あの柔らかいミィーくんと戯れていたから、それを思い出すと淋しくてしょうがないが

それよりも辛い思いをしているのか、どういうことになっているのか・・と想像することが辛い。

よく探偵さんに「前向きに考えて!」

と励まされたが、何回か言われているうちに

「この状況で、どうやったら前向きに考えられるのでしょうか?」

と、少々キレ気味に電話で答えた時もあった。

私のところに帰って来なくてもいいから、とにかく、辛い思いをしていなければいい。

一度でいいから、元気な姿を見られれば、それだけでいい。本当にそれだけでいい。

「擬人化しないように」とも言われた。

人間が思っているような悲観的なこととは違うから・・と言われても

8年間も擬人化してきたので、そう簡単に『猫』として考えられない。

ある人に言っていただいたことで、かなり楽になったこともあった。

ミィーくんの話をしながら「かなりのイケメンよ」と言いながら写真を見せたら

「わぁ!本当だ!すごい!これはね、飼い猫の顔じゃないね。自分の道を生きていくって意思を感じるね。」

「寧ろ、7年間もよく家の中にいたね。そして、きっと、○○さんのことを逆に心配してると思うよ。」

「僕は僕の道を生きるから、○○さんも心配し過ぎないでって思っていると思うな。」

いろいろな人に励ましていただいたけれど、この人のこれらの言葉で一番救われたかな。

もちろん、言葉通りに受け取ったわけでもないし、その人も本当にそう思って言っているとも思っているわけでもないが。

いなくなって思ったことは、いろいろあるが

「私と一緒にいれば幸せだ」

と思い込んでいたが、実はそうでもなかったのかも?ということだ。

私はミィーくんのことが大好きで大好きで、溺愛するにもほどがあるかんじだったので

ミィーくんも同じ想いでいてくれていると思っていたけど、それほどでもなかったのかも。

7年間、家の中に閉じ込めて、自由を奪い、猫の楽しい生活の邪魔をしてしまったのではないか・・

人間の自己満足、癒し・・ただの猫可愛がり。

ミィーくんがいなくなってしまったことの淋しさ以上にこういう思いが強くなってきた。

やっぱり、猫には猫の幸せな生き方があって、ミィーくんは、それとは逆だったんじゃないか?

千代田区の神田淡路町付近に出没し、神田消防庁の職員にお世話になったりしながら

野良生活をしていたらしい。ある団体に保護された時は、どうやら人間にいじめられていたらしく

怪我をしていたそうだ。保護されてから数年?数か月?で私と出逢って、生活するようになった。

2週間飲まず食わず、トイレにも行かず、もうダメだと諦めようとしたら、ご飯を食べ始め

その日から、ベタベタ生活が始まったのだ。

保護されずに野良のままだったら、おそらくもっと短命だったと思う。

でも、去勢もされず、可愛い雌を見つけて、子孫を残せたかもしれない。

もしかしたら、どこかに子供がいたかもしれないが。

そうやって考えるとどっちがミィーくんにとって幸せなのか、わからない。

人間だって、みんな同じだが。

私と出逢わなければ、もっと幸せだったかもしれないのに。。とか、今更ながら思ってみたり。

自分なりに愛情を注いで、ミィーくんもそれをよくわかっていたことに間違いはないと思う反面

出逢ったことからして間違いだったのか・・などという気持ちを繰り返す毎日なのだ。

今言えることは、今後、どんなことがあろうとも人間以外の動物と深く関わりあうことは

やめよう、絶対に・・ということだ。

猫のミィー太が帰って来ない②

あれから、ミィーくんが帰ってくる気配は全くなし。

ミィーくんがいなくなったのは、昨年の11月29日の午後7時過ぎ。

「あれ?帰って来ないな。遅いな。」

夕飯を食べ終わり、8時過ぎ頃。

いつもは、人間の食卓に登り、自分の好みのものを物色してガン見し続け、食べなければその場を離れないのだ。

「そう言えば、今日は食卓にミィーくんがいなかった。」

と、気が付いた時に、なんだか嫌な予感がした。その後、2時間、3時間経っても戻って来ない。

近所を何回も見て回っても、気配はない。他の猫たちもいない。

深夜になって、雨がシトシト降ってきた。雨が降ったら帰って来るかも?

と、いう思いと同時に

「もしかしたら、ミィー君にもう会えないのかもしれない。」

と、こんな早い段階で、思ってしまった。

この日を境に本格的な寒さがやって来たような気がした。

そうではないかもしれないけれど、私にはそんなふうに思えてならなかった。

その夜から約1か月間、家にいる時は玄関の戸を開けて、待ち続ける。

一晩中、玄関に近いリビングに寝て待った。恐いし、寒い。

捜索もした。近所はもちろん、ここまでは来ないだろうと思われる住宅地、公園・・・考えられそうな場所を

何回も何回も探した。ミィー太どころか猫をあまり見かけない。

かと思うと、こんな近場にこんな子がいるんだと初めて見かける猫がいたり。

そして、探偵さんにも依頼した。

結果、見つかっていないから、こうやって書いているのだが。。

最初から、絶対に見つけてくれると期待していたわけではなく、後で

「やっぱり、お願いしておけば、見つかったかもしれない」

と思いたくなかったからお願いしたところもある。

見つかりはしなかったけれど、いろいろな知識を教えてもらえたことには感謝している。

でも、その知識が本当のことなのかどうかは、今もよくわからないけれど。

猫や犬の生態に詳しいのであろうが、獣医でも学者でも、猫と話をしたわけじゃないし

本当の猫の気持ちは、誰にもわからないと私は思っている。

ただ、今まで自分が勝手に解釈したつもりになっていたことが見当違いだったことなどを知り、救われたことがけっこうあったので

その点は良かったと思っている。

その探偵さんの捜索方法としては、電柱などにポスターを貼り、チラシを配り、ご近所とその周辺の住宅情報を調査する・・

が、第一段階らしい。そして、数件入る目撃情報がある地域に絞られて来たら、そこを重点的に捜索する・・

が、第二段階らしい。

結局、この第一段階で終わってしまったようだ。目撃情報は数件入ったのだが、全て似ているが違う子のものだと思われる。

こんなに情報が入らないのは、珍しいらしい。

いなくなった当日に「もう会えないかも」と思ったように、全てはあの晩の数時間のうちに決着がついてしまったのかも・・

と、この2か月半に何回も何回も思っては、「違う!絶対にどこかにいる!」と思い直し・・を繰り返してきた。

結局、探偵さんもお手上げ状態だったのだ。お願いしたことを後悔はしていないが少し思ったことがある。

探偵さんは、こちらのご近所猫情報などは聞かないで、捜索を始める。

それは、先入観を持たずに捜索するということだからのようだ。

おっしゃることはわかるような気がする。情報に惑わされるってことあるからね。

だけど、数日間、何の情報も入らないのであれば、せめてミィー太がいつも行っているであろう場所を

私たちから聞き、そこを重点的に調べてくれるとかしてもいいんじゃないか・・と。

私たちは近所の庭などをお願いして、見せていただいたりもした。

ご近所なので見せてくれはしたが、そんなに顔見知りというわけでもないので、見せていただくのも

見せるお宅もけっこう勇気がいることだと思う。

探偵さんともなると、それこそどのお宅も知らないわけで、見せてとお願いしても、こんなご時世で

そう簡単には見せてはくれませんよね。

私の探偵のイメージは、草の根を分けて、しらみつぶしに探してくれる・・だったけれど

そんなこと無理だわね。スーツ着ていても、制服着ていても、成りすまして悪いことをする人はたくさんいるのだから

知らない男性(女性でも)に家の周辺を「はい、そうですか」と見せてくれるお宅は逆に大丈夫?となりますよね。

捜索のお願いをする時に「一緒に捜索してもいいですか?」と聞いてみたら

あーのこーの言って、結局、拒否された。

おっしゃる意味はわかったような気もするが。。要するに自分のペースでやりたいわけだ。

1日5時間で3日間だったが、8時間はできないのか?とは思った。

ある探偵さんは「夜回りもしてくれた」と、どこかのネットで見た。

猫に詳しい知人の話でも、少し離れた住宅地を夜9時過ぎに名前を呼びながら回って

見つかったケースが多いらしい。実際、私もやってみたが。

ということで、探偵さんに上記のように不満がないわけでもないが、インチキだとは思わない。

人間的には、とても暖かく、いい人だと思う。前のエントリーでも書いたようなことや

「飼い主は、猫を擬人化して、自分を責めて『もっと、ああすれば良かった』などと悲観するが、そんなことではないので、考え過ぎないように」

などと、言ってくれたことで心が少しだけ落ち着いたことも確かだった。

なので、見つかりはしなかった(まだ、わからないけれど)が、探偵さんにお願いしたことを後悔はしていない。

それよりも人間の限界と、その上を行く猫、または見つかるわけないじゃないかという絶望的な事情があるんだと思い知った2ヶ月だった。

こうやって、ブログなどに書いてみてもどうしようもないこともわかっているが書かずにはいられないのである。

猫のミィー太が帰って来ない。

久しぶりに書く記事がこんな内容になるなんて、思いもしなかった。。

もう書くこともないかなと思っていたんだけれど。。

実は、このブログでも常連の愛猫ミィー太がいなくなったのです。

死んでしまったことを確認したわけではなく、2ヶ月前に家を出て帰って来なくなったのです。

もうね、この2ヶ月は何も手に付かない状態。

とは言っても、もちろん仕事もしているし、ご飯も食べているし、お風呂にも入っているし、寝てもいます。

でも、ウィンドウショッピングなどもしたくないし、綺麗なもの・可愛いものなど見ても感動しないし

寧ろ、切なくなる。ましてや動物は見たくないし、話も聞きたくない・・・。

温かいもの・美味しいものを食べたら、ミィーくんに悪いとか、温かいお風呂に入ったら悪いとか

自分が癒されると思うようなことをすると罪悪感があって、極力してはいけないって思ったり。

世の中には、可愛がっていた猫や犬など動物が同じように行方不明になって、悲しんでいる人は

星の数ほどいるだろうと思います。

特に猫は「ふっ」といなくなると、よく聞きますね。自分の死期を察して、いなくなると。

自分もそう思っていました。

でも、猫探偵さん曰く、

「そんなことは決してない!」らしいのです。歳を取ったり、少し身体の自由が利かなくなった猫が外に出ると

帰って来たくても帰って来れなくなるなんらかの事情が発生するから、帰って来ないのだということなんです。

探偵さんは、飼い主を慰めるため、希望を持たせるためにそうおっしゃるっているのかも?

とも思えますが、そう言われるとそうなのかと少し心が落ち着いたことは事実です。

考えてみれば、探偵さんがおっしゃることが全てであって、帰って来ない原因はその「なんらかの事情」なのですから。

ミィーくんが帰って来なくなってから、全てかどうかはわかりませんが、いろんな「事情」を考えて、考えて、考え貫きました。

・・・つもりです。

1.まずは事故。いろいろな事故が考えられるが、車によるもの。

2.怪我により、動けなくなった。

3.可愛い女の子(猫よ)を見つけて、ついて行って迷子になった。

4.男の子(流れ者)とのなわばり争いに負け、遠くに行く。

5.閉じ込め。

6.連れ去られる。

7.探偵さんの言葉を信じないならば、自分の意思でどこかへ行った。

8.私宅より居心地のいいところを見つけた。

これくらいでは、考え貫いたとは言えないでしょうか?

何度も何度も上記それぞれの可能性を考えてみたが、どれも当てはまるようで

当てはまらないようで、その他の事情かもしれないが、これはミィーくんが帰って来たとしても

本当の事情はわからないわけで、せめて5と6であってほしくないと願うのです。

5は故意であってもなくても、もう月日が経ち過ぎている。

6は、可愛いから、癒されたいからなどで、誰かが面倒をみてくれているのであれば、まだいいけれど

書くのも悍ましい目的であるのなら、これだけは絶対に許せない。

ただ、ミィーくんは8年程一緒にいるが、私以外には距離を置くし、余程弱っているとかで

なければ、そう簡単に捕まらないと思っている。ただし、罠の場合はわからないが。

人が関係していなければ、想像する嫌な事情は半分以上減るのだが。

保健所や清掃事務所に確かめたり、動物愛護センターのHPは毎日チェックもしている。

近くの動物病院にもポスターを貼らせてもらってもいる。

ご近所の庭も見せていただいた。考えられることはやったつもり。

帰って来なくなって4日目に猫探偵に依頼した。これについては、後で書こう。

「猫返し神社」と言われる立川市にある『阿豆佐味神社』にもお参りに行き、絵馬も書いてきた。

猫が帰って来るおまじないもした。

やれることはやったと思っている。でも、いろいろやってみて、一番感じたことは

人間が猫を見つけることは、本当に難しいことなのだということ。

こんな例えはどうかと思うけれど、先日、夫が片方の手袋を無くしてしまった。

私もよく無くしたことがある。その落とした手袋を見つけることができる確率と同じくらい

低いのかも・・と、こうして何が起きてもミィー太を喪失してしまったことに結び付けるわけです。

つづく・・・

 

おっさんのうなじ

20080426131818 

 

 

 

 

 

 

 

おっさんのうなじ。

これ見て、2分笑いました。

なんか、可笑しかったのね。

おっさんだけど、首輪はピンク

耳の角度が、忍び寄るカメラの音を

キャッチしているあたり、さすが猫

猫はこのうなじとおしりがチャーミングであることが

大事。

おしりは、なかなか撮らせてもらえないのです。

ミィー君、ステキ!

ね、ね、この写真

綺麗じゃない?!

ミィー君、男前~。

P1010040_3  

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ところで、僕は「みィー太」だったんです。

でも、9画のペットは病気になり易いということで

1画増やして、「ミィー太」に改名したのです。

ちょっと前に。

一応ご報告まで。

まったく、関係なし。

004 開いて

  

 

 

 

002 閉じて

 

 

 

 

003 ムギュ。。

 

 

 

  

001 ガクン。。。

 

 

 

 

あっちもこっちもいよいよピークになってきました└(T_T;)┘

でも、こんなことしちゃいます。

写真は昔のですけどねー。