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2013年5月

不思議なのだが。。。

ミィーくんがいなくなって、半月程した頃だったか。。

実はミィーくんを捜索中にびっくりするほど、よく似ている猫に出逢ったのだ。

よく見ると、毛はミィーくんよりもフサフサしているし、顔もそれほどの可愛さでもない。

でも、毛の色と体格がよく似ていたので、遠目だと見間違う。

実際、その猫を見かけた人が情報を下さったこともあった。

私が、その猫の存在を知ってからの情報だったので、「ミィーくんじゃないな、あの子だな」と思えた。

探偵さんに家の外に餌などを置かないように言われた。他の猫が来て、ミィーくんが帰って来たくても

来れなくなってしまう可能性があるからということだった。

でも、もしかしたら・・と思って、餌を置き、またたびも添えておいた。

すると、そのまたたびのニオイを嗅ぎ付けたのか、どこかの猫が食べに来ている様子。

ミィーくんのためと思いつつ、ミィーくんではないという確信はあった。

だって、食べに来ているのに帰って来ない理由って何?でしょ。

まだ玄関も開けてある時期だったので様子を見ていたら、玄関に入ってきて、マットの上に

箱座りをしている猫がいるではないか!

そう、あのフサフサのミィーくん似の子なのだ。

とても寒い時期だったので、玄関マットの上で寒さを凌いでいた。

追い払うことなんて、できるはずもなく、そういうことも想定していなかったわけでもないので

そのままにしていた。数日間、通っていた。でも、夜中は玄関を閉めることにしたので

結局、外に出されることになる。彼は何を望んでいたのかわからないが、数日間夜中に締め出されることが

続いたので、何かを悟ったのか、ご飯は食べても玄関の中に入って来なくなった。

動物って賢いね。

「ご飯はあげても、家の中には入れられないよ」ってことを私が意思表示したからかな。

だって、ミィーくんが帰って来るかもしれないし、ミィーくんの身代わりみたいにするなんて

できるわけないもの。

そして、ミィーくんが帰って来なくても、もう2度と動物と深く関わることはやめようと、けっこう早い段階で

思ってしまったから。

ちょうどその頃、WOWOWで何気に見た「トイストーリー」で、置き去りにされた熊のぬいぐるみと

赤ちゃん人形が、ボロボロになってやっと辿り着いた我が家で、自分の持ち主だった女の子が

自分と同じぬいぐるみを買い与えられて、楽しそうにしているのを目撃して、悪に落ちてしまった・・・

という内容を見て、全てをミィー太に置き換える私は、その熊とダブらせていた。

まるで、小学生のような思考だな。。と、我ながら苦笑しながらも、けっこう本気でそう思っていた。

なので、そのミィーくん似の子は一応「フサオ」と命名し、一定の距離を保って、実は今もご飯をあげている。

「フサオ」は、単純にフサフサしているから・・・だけの理由でつけたが、これ以上の可愛い名前はつけない。

絶対にこれ以上は親しくならないと決めているから。

知り合った以上は、ご飯をあげるくらいはいいと思っている。

しかし、不思議なのだが、この「フサオ」。

ミィーくんがいなくなる前には、見たことがなかった猫なのだ。

この辺りにいたが私とは出逢わなかっただけなのだろうか。夫も見たことはなかったらしい。

しかも、ミィーくんにパッと見はよく似ている。そんなフサオがミィーくんがいなくなってすぐに

現れたのだ。ミィーくんは、このフサオに負けて、この地域を追われなくてはいけなくなったのか・・・

と、そこまでも考えた。

だとしても、フサオを憎く思うわけでもない。オス猫の宿命なのだから。

真実はわかるはずもないが、ミィーくんがいたことを知ってか知らずか、よく似たフサオが

夕飯に通って来ていることが不思議に思えてしょうがない。

しかも、私宅は2階にあり、外階段を上がって来なければいけないのだ。

けっこう勇気があるというか、ふてぶてしいというか、大した度胸だと思う。

確かに見た目は、図太い。勝手に男の子と思って「フサオ」としているが性別はわからない。

「フサ子」かもしれない。どっちでもいいや。

たまに2、3日来ないことがある。少し心配にはなるが「また、来るだろう」と気楽でいられる。

猫とは、こんなスタンスで付き合うのが、お互いのためのような気がする。

ミィーくんも本当は、こうやって生きたかったのかも。。と思うと、また辛くなる。

何が幸せなことで、良いことで・・なんて、猫はそこまで思っていないのだろうが

8年間中7年間、家の中に閉じ込めてしまったことが今となっては大きな後悔だ。

フサオはミィーくんの身代わりとは思ってはいないが、どこかでミィーくんが生きていたとして

こうやって、ご飯をもらえていたらいいな・・という思いも多少ある。

フサオには、やれる限り、ご飯をあげるだけで、擬人化もせず

「お、来たか」程度で、やっていこうと思う。

もう、会えないだろう。

先月の29日で、5ヶ月経った。もう、29日は月命日と思ってしまっている。

もう、ミィーくんと会えないだろう・・と、ずーっと前から思っている。

この話を読んだり、聞いた人の9割は

「寿命を察して、姿を消したのかな」「もう、生きていないだろう」

と思っていると思う。

実は自分もそう思っている。探偵さんが何と言おうが、そう思ってしまっている。

ミィーくんは、元は野良だったので、正確な年齢はわからないが、推定12歳くらいだと思う。

そのうち、私とは8年程、一緒にいたわけだ。

今どきの猫なら、もっと長生きできるだろう。でも12歳なら猫としては、長生きな方かな。

彼は野良時代から肝臓が悪かったらしく、私のところに来てからも通院や入院を繰り返している時もあった。

もうダメかという時もあったけれど、復活して、ここ数年は病院に行くこともなく

元気に過ごしてはいた。一見、どこも悪そうでなく、毛艶も良く、「綺麗な子ね」と

よく言われてはいたが、実は、けっこう悪化していたのかもしれない。

外に出るようになってからは、外のことが楽しくもあったが、それなりのスリルやストレスがあり

無事に帰って来ては、安堵しながら疲れたように寝ている・・・と思い込んでいたが

実は体調が悪化していたのかも知れない。

いなくなる数日前に毛をブラッシングしてあげている時にお腹に1匹のノミを見つけた。

外に出ているから、十分あり得ることだが、体力が落ちているからかも・・と思い

翌日病院に行って、検査をしてもらい、ノミ取りの薬もお願いしようと思っていた。

当日になって、私が調子を崩したこともあるが、病院に行くためにミィーくんを捕獲するのが大変なことと

嫌な思いをさせてまで病院に行ったところで、何も変わらないし、ただ人間(私)が安心するために行くようなものなので

行くのをやめてしまった。なので、せめてノミ取りの首輪をしようと付けている時に

「この首輪をして大丈夫かな」と少し、胸騒ぎがした。

最近の首輪はどこかに引っかかっても取れたり切れたりするようになっているものが多く

その首輪もそう書いてはあるが、なんだか少し不安になった。

ミィーくんがいなくなってから、あの時の胸騒ぎが気になって仕方なかった。

もし、あの日に病院に行っていたら、こんなことは起きなかったかもしれないとか。。

今更言ってみても、どうしようもないことばかりだが、少し悔やまれた。

私にシグナルを送っていたのかも知れない。私もどこかで感じていたかも知れない。

振り返ってみると、いろんなことがあった。思い当たる節はいろいろあった。

一昨年の秋頃に自分自身にショッキングなことがあり、それを境になんとなく落ち込んで行き

プチ鬱のような、プレ更年期のような、得体の知れない落ち込みが続き

昨年の梅雨頃から消化力が低下したのか、今までにない消化不良状態になった。

それと同時にミィーくんの早朝攻撃も始まり・・・ミィーくんを嫌いになることはないけれど

私自身のことで精一杯になり、ミィーくんへの執着に似たような愛情が薄れたように

彼には感じられていたのかもしれない。

彼の中でも外へ出た楽しさや外での戦い?の方が大きくなっていったのかもしれない。

・・・・・

なんだ、この擬人化。

だって、ミィーくんは私の子供、親友、彼氏・・どんな存在でもあったのだ。

ここまでいくと、気持ち悪いかな。

よく言う「ペットロス」じゃないのだ。ペットじゃないから。

「飼う」とか「餌」とか「ペット」とか、言いたくない。

この気持ち、わかってくれる人は、きっといるはず。いなくてもいい。

しかし、私もよくもこんなに書き続けられるな・・と、自分でも思う。

こんなに天気のいいGWの最中。

これらの記事を読んでくれている人は、けっこういるようで、きっと

「この人、メンヘラだな」って、思われているでしょうね。

ま、どんなふうに思われても、いいんだけどね。

事実、メンヘラだし。(メンヘラって、2チャンネルで生まれた言葉らしい)

ペットロスじゃないと言いつつ、事実ペットロスなわけで

こんな人は、私がこうしているようにいろいろ辿っていくといいらしい。

書きながら泣いてしまうけれど、気持ちに蓋は出来ないですからね。

こうやって、書きたいと思ったら、書いてみる・・私にはこれが向いているようだ。

なので、しばらく続くだろう。

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