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2013年3月

猫のミィー太が帰って来ない③

ミィーくんがいなくなって3ヶ月経った。

奇跡が起きることはないだろう・・と、もはや諦めの気持ちの方が強いが、半年、1年、3年、5年経って帰ってきた

という話も耳にするし、帰宅して自転車のカチャという音をさせたら、どこからか出てくるんじゃないかとか

ドアの外に座っているかもとか、毎日期待もしている。

1ヶ月目より2ヶ月目、2ヶ月目より3か月目と、諦めの気持ちが大きくなってきているが

1日のうちに何度も何度も思い出しては、涙してしまう。

こうやってブログなど書いていてもそうだし、湯船につかっている時、電車に乗っている時でも。

しかし、こんなにミィーくんがいなくなったことが悲しいのに、それでも外に出したことを悔やんではいない。

寧ろ、もっと早く出してやれば良かったのかも・・という思いの方が強いかも。

毎日、あの柔らかいミィーくんと戯れていたから、それを思い出すと淋しくてしょうがないが

それよりも辛い思いをしているのか、どういうことになっているのか・・と想像することが辛い。

よく探偵さんに「前向きに考えて!」

と励まされたが、何回か言われているうちに

「この状況で、どうやったら前向きに考えられるのでしょうか?」

と、少々キレ気味に電話で答えた時もあった。

私のところに帰って来なくてもいいから、とにかく、辛い思いをしていなければいい。

一度でいいから、元気な姿を見られれば、それだけでいい。本当にそれだけでいい。

「擬人化しないように」とも言われた。

人間が思っているような悲観的なこととは違うから・・と言われても

8年間も擬人化してきたので、そう簡単に『猫』として考えられない。

ある人に言っていただいたことで、かなり楽になったこともあった。

ミィーくんの話をしながら「かなりのイケメンよ」と言いながら写真を見せたら

「わぁ!本当だ!すごい!これはね、飼い猫の顔じゃないね。自分の道を生きていくって意思を感じるね。」

「寧ろ、7年間もよく家の中にいたね。そして、きっと、○○さんのことを逆に心配してると思うよ。」

「僕は僕の道を生きるから、○○さんも心配し過ぎないでって思っていると思うな。」

いろいろな人に励ましていただいたけれど、この人のこれらの言葉で一番救われたかな。

もちろん、言葉通りに受け取ったわけでもないし、その人も本当にそう思って言っているとも思っているわけでもないが。

いなくなって思ったことは、いろいろあるが

「私と一緒にいれば幸せだ」

と思い込んでいたが、実はそうでもなかったのかも?ということだ。

私はミィーくんのことが大好きで大好きで、溺愛するにもほどがあるかんじだったので

ミィーくんも同じ想いでいてくれていると思っていたけど、それほどでもなかったのかも。

7年間、家の中に閉じ込めて、自由を奪い、猫の楽しい生活の邪魔をしてしまったのではないか・・

人間の自己満足、癒し・・ただの猫可愛がり。

ミィーくんがいなくなってしまったことの淋しさ以上にこういう思いが強くなってきた。

やっぱり、猫には猫の幸せな生き方があって、ミィーくんは、それとは逆だったんじゃないか?

千代田区の神田淡路町付近に出没し、神田消防庁の職員にお世話になったりしながら

野良生活をしていたらしい。ある団体に保護された時は、どうやら人間にいじめられていたらしく

怪我をしていたそうだ。保護されてから数年?数か月?で私と出逢って、生活するようになった。

2週間飲まず食わず、トイレにも行かず、もうダメだと諦めようとしたら、ご飯を食べ始め

その日から、ベタベタ生活が始まったのだ。

保護されずに野良のままだったら、おそらくもっと短命だったと思う。

でも、去勢もされず、可愛い雌を見つけて、子孫を残せたかもしれない。

もしかしたら、どこかに子供がいたかもしれないが。

そうやって考えるとどっちがミィーくんにとって幸せなのか、わからない。

人間だって、みんな同じだが。

私と出逢わなければ、もっと幸せだったかもしれないのに。。とか、今更ながら思ってみたり。

自分なりに愛情を注いで、ミィーくんもそれをよくわかっていたことに間違いはないと思う反面

出逢ったことからして間違いだったのか・・などという気持ちを繰り返す毎日なのだ。

今言えることは、今後、どんなことがあろうとも人間以外の動物と深く関わりあうことは

やめよう、絶対に・・ということだ。

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