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2013年2月

猫のミィー太が帰って来ない②

あれから、ミィーくんが帰ってくる気配は全くなし。

ミィーくんがいなくなったのは、昨年の11月29日の午後7時過ぎ。

「あれ?帰って来ないな。遅いな。」

夕飯を食べ終わり、8時過ぎ頃。

いつもは、人間の食卓に登り、自分の好みのものを物色してガン見し続け、食べなければその場を離れないのだ。

「そう言えば、今日は食卓にミィーくんがいなかった。」

と、気が付いた時に、なんだか嫌な予感がした。その後、2時間、3時間経っても戻って来ない。

近所を何回も見て回っても、気配はない。他の猫たちもいない。

深夜になって、雨がシトシト降ってきた。雨が降ったら帰って来るかも?

と、いう思いと同時に

「もしかしたら、ミィー君にもう会えないのかもしれない。」

と、こんな早い段階で、思ってしまった。

この日を境に本格的な寒さがやって来たような気がした。

そうではないかもしれないけれど、私にはそんなふうに思えてならなかった。

その夜から約1か月間、家にいる時は玄関の戸を開けて、待ち続ける。

一晩中、玄関に近いリビングに寝て待った。恐いし、寒い。

捜索もした。近所はもちろん、ここまでは来ないだろうと思われる住宅地、公園・・・考えられそうな場所を

何回も何回も探した。ミィー太どころか猫をあまり見かけない。

かと思うと、こんな近場にこんな子がいるんだと初めて見かける猫がいたり。

そして、探偵さんにも依頼した。

結果、見つかっていないから、こうやって書いているのだが。。

最初から、絶対に見つけてくれると期待していたわけではなく、後で

「やっぱり、お願いしておけば、見つかったかもしれない」

と思いたくなかったからお願いしたところもある。

見つかりはしなかったけれど、いろいろな知識を教えてもらえたことには感謝している。

でも、その知識が本当のことなのかどうかは、今もよくわからないけれど。

猫や犬の生態に詳しいのであろうが、獣医でも学者でも、猫と話をしたわけじゃないし

本当の猫の気持ちは、誰にもわからないと私は思っている。

ただ、今まで自分が勝手に解釈したつもりになっていたことが見当違いだったことなどを知り、救われたことがけっこうあったので

その点は良かったと思っている。

その探偵さんの捜索方法としては、電柱などにポスターを貼り、チラシを配り、ご近所とその周辺の住宅情報を調査する・・

が、第一段階らしい。そして、数件入る目撃情報がある地域に絞られて来たら、そこを重点的に捜索する・・

が、第二段階らしい。

結局、この第一段階で終わってしまったようだ。目撃情報は数件入ったのだが、全て似ているが違う子のものだと思われる。

こんなに情報が入らないのは、珍しいらしい。

いなくなった当日に「もう会えないかも」と思ったように、全てはあの晩の数時間のうちに決着がついてしまったのかも・・

と、この2か月半に何回も何回も思っては、「違う!絶対にどこかにいる!」と思い直し・・を繰り返してきた。

結局、探偵さんもお手上げ状態だったのだ。お願いしたことを後悔はしていないが少し思ったことがある。

探偵さんは、こちらのご近所猫情報などは聞かないで、捜索を始める。

それは、先入観を持たずに捜索するということだからのようだ。

おっしゃることはわかるような気がする。情報に惑わされるってことあるからね。

だけど、数日間、何の情報も入らないのであれば、せめてミィー太がいつも行っているであろう場所を

私たちから聞き、そこを重点的に調べてくれるとかしてもいいんじゃないか・・と。

私たちは近所の庭などをお願いして、見せていただいたりもした。

ご近所なので見せてくれはしたが、そんなに顔見知りというわけでもないので、見せていただくのも

見せるお宅もけっこう勇気がいることだと思う。

探偵さんともなると、それこそどのお宅も知らないわけで、見せてとお願いしても、こんなご時世で

そう簡単には見せてはくれませんよね。

私の探偵のイメージは、草の根を分けて、しらみつぶしに探してくれる・・だったけれど

そんなこと無理だわね。スーツ着ていても、制服着ていても、成りすまして悪いことをする人はたくさんいるのだから

知らない男性(女性でも)に家の周辺を「はい、そうですか」と見せてくれるお宅は逆に大丈夫?となりますよね。

捜索のお願いをする時に「一緒に捜索してもいいですか?」と聞いてみたら

あーのこーの言って、結局、拒否された。

おっしゃる意味はわかったような気もするが。。要するに自分のペースでやりたいわけだ。

1日5時間で3日間だったが、8時間はできないのか?とは思った。

ある探偵さんは「夜回りもしてくれた」と、どこかのネットで見た。

猫に詳しい知人の話でも、少し離れた住宅地を夜9時過ぎに名前を呼びながら回って

見つかったケースが多いらしい。実際、私もやってみたが。

ということで、探偵さんに上記のように不満がないわけでもないが、インチキだとは思わない。

人間的には、とても暖かく、いい人だと思う。前のエントリーでも書いたようなことや

「飼い主は、猫を擬人化して、自分を責めて『もっと、ああすれば良かった』などと悲観するが、そんなことではないので、考え過ぎないように」

などと、言ってくれたことで心が少しだけ落ち着いたことも確かだった。

なので、見つかりはしなかった(まだ、わからないけれど)が、探偵さんにお願いしたことを後悔はしていない。

それよりも人間の限界と、その上を行く猫、または見つかるわけないじゃないかという絶望的な事情があるんだと思い知った2ヶ月だった。

こうやって、ブログなどに書いてみてもどうしようもないこともわかっているが書かずにはいられないのである。

猫のミィー太が帰って来ない。

久しぶりに書く記事がこんな内容になるなんて、思いもしなかった。。

もう書くこともないかなと思っていたんだけれど。。

実は、このブログでも常連の愛猫ミィー太がいなくなったのです。

死んでしまったことを確認したわけではなく、2ヶ月前に家を出て帰って来なくなったのです。

もうね、この2ヶ月は何も手に付かない状態。

とは言っても、もちろん仕事もしているし、ご飯も食べているし、お風呂にも入っているし、寝てもいます。

でも、ウィンドウショッピングなどもしたくないし、綺麗なもの・可愛いものなど見ても感動しないし

寧ろ、切なくなる。ましてや動物は見たくないし、話も聞きたくない・・・。

温かいもの・美味しいものを食べたら、ミィーくんに悪いとか、温かいお風呂に入ったら悪いとか

自分が癒されると思うようなことをすると罪悪感があって、極力してはいけないって思ったり。

世の中には、可愛がっていた猫や犬など動物が同じように行方不明になって、悲しんでいる人は

星の数ほどいるだろうと思います。

特に猫は「ふっ」といなくなると、よく聞きますね。自分の死期を察して、いなくなると。

自分もそう思っていました。

でも、猫探偵さん曰く、

「そんなことは決してない!」らしいのです。歳を取ったり、少し身体の自由が利かなくなった猫が外に出ると

帰って来たくても帰って来れなくなるなんらかの事情が発生するから、帰って来ないのだということなんです。

探偵さんは、飼い主を慰めるため、希望を持たせるためにそうおっしゃるっているのかも?

とも思えますが、そう言われるとそうなのかと少し心が落ち着いたことは事実です。

考えてみれば、探偵さんがおっしゃることが全てであって、帰って来ない原因はその「なんらかの事情」なのですから。

ミィーくんが帰って来なくなってから、全てかどうかはわかりませんが、いろんな「事情」を考えて、考えて、考え貫きました。

・・・つもりです。

1.まずは事故。いろいろな事故が考えられるが、車によるもの。

2.怪我により、動けなくなった。

3.可愛い女の子(猫よ)を見つけて、ついて行って迷子になった。

4.男の子(流れ者)とのなわばり争いに負け、遠くに行く。

5.閉じ込め。

6.連れ去られる。

7.探偵さんの言葉を信じないならば、自分の意思でどこかへ行った。

8.私宅より居心地のいいところを見つけた。

これくらいでは、考え貫いたとは言えないでしょうか?

何度も何度も上記それぞれの可能性を考えてみたが、どれも当てはまるようで

当てはまらないようで、その他の事情かもしれないが、これはミィーくんが帰って来たとしても

本当の事情はわからないわけで、せめて5と6であってほしくないと願うのです。

5は故意であってもなくても、もう月日が経ち過ぎている。

6は、可愛いから、癒されたいからなどで、誰かが面倒をみてくれているのであれば、まだいいけれど

書くのも悍ましい目的であるのなら、これだけは絶対に許せない。

ただ、ミィーくんは8年程一緒にいるが、私以外には距離を置くし、余程弱っているとかで

なければ、そう簡単に捕まらないと思っている。ただし、罠の場合はわからないが。

人が関係していなければ、想像する嫌な事情は半分以上減るのだが。

保健所や清掃事務所に確かめたり、動物愛護センターのHPは毎日チェックもしている。

近くの動物病院にもポスターを貼らせてもらってもいる。

ご近所の庭も見せていただいた。考えられることはやったつもり。

帰って来なくなって4日目に猫探偵に依頼した。これについては、後で書こう。

「猫返し神社」と言われる立川市にある『阿豆佐味神社』にもお参りに行き、絵馬も書いてきた。

猫が帰って来るおまじないもした。

やれることはやったと思っている。でも、いろいろやってみて、一番感じたことは

人間が猫を見つけることは、本当に難しいことなのだということ。

こんな例えはどうかと思うけれど、先日、夫が片方の手袋を無くしてしまった。

私もよく無くしたことがある。その落とした手袋を見つけることができる確率と同じくらい

低いのかも・・と、こうして何が起きてもミィー太を喪失してしまったことに結び付けるわけです。

つづく・・・

 

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