親がいる有難さ
金曜日に千葉駅方面に仕事で行った。
もう何年来ていなかったのか、思い出せないくらいに
「千葉駅」には来ていなかった。
20歳頃は、毎日のようにこの駅を降りていたのに・・。
モノレールが出来たことは知っていたけれど
乗ったのは初めてだ。
その日はやたらと蒸し暑く、それとは反対に乾いた気分で
”懐かしい”という思いも特になく、仕事を済ませ
別の電車に乗って、実家へ向かった。
先日の電話の母の声がめずらしく元気がなかったことが
気がかりだったのだ。
聞いてみると、庭仕事をしている時に虫にやられたらしく
片方の腕に湿疹が大量に出来て、それで体力を消耗した
せいか、歯肉が腫れたそうだ。
これは行って話を聞かないと・・と、思っていたのだ。
それと、もうひとつ自分だけの中で生まれ、解決したことが
あったのだ。
それは、前回実家に行った時に起こったことだが
何気なく両親と3人で会話していた時に
唐突に父に辛亥なことを言われたのだ。
母も私も目が点になったが、なんということもなくやり過ごした。
ここ数年でダントツ1位だった。
「中年はくだもの」←まだ、言うか、など比較にならないものだった。
ただ、言った父は冗談のつもりで、罪悪感などない。
でも、その言葉には無神経にも程があった。
「なぜ、そんなことを言われなきゃいけないのか?
私が何をした?」と、思ったが
でも、私は怒ることもしなかった。
怒ってみてもどうにもならないし、事実であるかもしれないし。
真剣に受けとめてみても何も解決しないし、自分がもっと
傷つくだけだ。
今まで、親にこんなことは言われたこともないし
親以外にも記憶にない。
言わせない雰囲気をもっているのだろうか
と、思うほど誰にも言われない。
今年の夏は「失言の嵐」を受けまくっているな・・と、苦笑してしまう。
『くそ暑い夏』が原因と思うことにした。
そして、親が歳をとった証拠だと思う。残酷だ。
そういうことがあり、週に1回は実家に電話をしていたが
3週間しなかったのだ。
心配だったら、親のほうからしてくればいいと思うのだが
親としては、電話をするとその瞬間に
「何かあったのか!?」と、私がすごく心配することを
知っていたし、母は上記の通り、不調だったこともあるし
「私に何かあったのか?」と、その事実を聞くことが
怖いのだ。だから
3週間、音信不通だったのだ。
たかが、3週間のようだが、定期的にあったことがないと
それはそれは不安にはなるだろう。
私はそれほど意識していたわけでもないし、意地を張っていた
わけでもないけれど、どこかで少し冷めたような気持ちで
あったことは間違いない。
でも、こんなことをしていて、急に何かあった時は
後悔することはわかっていたし、子供みたいなことはやめないと
と、思ってはいたが、なんだかそんな気にならなかったのだ。
さすがに母も私が”こういう気持ち”でいたことには
気付いていないようだ。と、いうか、気が付いていてぶり返しても
返って傷が深まると思ったのか・・いや、そこまでの考えは
なさそうだ。やはり、母も70歳だ。
煩わしいことは無意識に避けるようになっていることを
ここ数年、感じないわけにはいかない。
いつまでも味方で親であることに間違いないが
いつか逆転する時が必ず来るのだ。これはしょうがない。
いつまでも甘えることはできないのだ。
もう、誰に言うこともないし、どうでもいいことになってしまった。
70歳を超えた親と40歳を超えた子が、こんなつまらないことで
疎遠になっても、後悔するだけだ。
親がいてくれるだけで、どれだけ有難いかを常に忘れないように
しないといけない。
自分が少し傷ついたのに逆にあらためて親の存在に感謝する
ことが出来た。
仕事がきっかけではあったが、不調で重い身体に鞭打って
実家まで行って来てよかった。
夜は寝床に入って、母と3時間くらい話した。
そして、こちらに帰って来て、今日は頭ガンガン。
義父のところに行く以外は何もせずに
「ショーシャンクの空に」を見た。
”何もしなくていい状況”が、この上なく、しあわせだ。
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